原因と過程と結果

      2017/08/20

こんにちは!ノリです。

今回お話するのは「原因」と「過程」と「結果」についてです。

なにやら難しい話をし始めそうな感じがしますが、そんなに身構える必要はありません。

理由は、普段から私たちが原因などについて考えているからです。

しかし、当たり前になっているからこそ、あまり取り立てて話すことはないですし、考えることもないかもしれません。

原因や結果について深く考えないまま、間違って決めてしまっていることも多いかもしれません。

そこで、今回は原因・過程・結果の3つを取り上げ、それぞれについて私の見解をまとめることにしました。

まずはそんな私たちの身の回りの原因や過程、結果を考えるときを並べて、意味を確認していきます。

 

原因・過程・結果の意味

原因とは

原因とは、「ある物事や状態を引き起こすこと」という意味です。似たような言葉に「要因」という言葉がありますが、原因は基本的にひとつ、たとえば皿を落としたから割れた」という場合が原因で、それに対し要因は複数あり、たとえば「塩の量を間違え、火加減を強くしすぎて料理に失敗した」などです。

本来ならば何かの原因はひとつでないことの方が多く、要因という言葉を使うのが適切なのですが、ここではなじみ深いであろう「原因」という言葉に統一します。

しかし、要因は複数で、原因はひとつというのは覚えておくとどこかで役立つかもしれません。

さて、さきほど例をひとつ挙げた「原因」ですが、この他にも原因が気になる状況はたくさんあります。

  • 刑事ドラマ、ミステリーの事件の真相
  • テストの成績が上がった、あるいは下がった理由
  • やせた理由、太った理由
  • なにかがこわれたなどの故障の原因
  • 病気の原因

などがあります。事件は原因があって証拠や現場が見つかるわけですし、テストの成績が変化したのも何も理由がないということはありません。

 

過程とは

過程は、原因と結果の間です。「物事や状況が変化していく途中の段階」という意味になります。

原因が出発点で、結果が終点だとしたら家庭は出発から終点までの道のりのことです。

しかし、この言葉は少しあいまいで、原因の反対は結果で、結果の反対は原因なのですが、過程の反対も結果なのです。

ということは、過程は何を原因と結果にするかによって変わるものだということです。

結果の反対ということで原因と過程は同じように扱われることもありますが、実際には意味が違います。

先ほどの原因の例に対して、過程はより「道のりの途中」という意味合いが強いです。たとえば、

  • 努力の過程
  • 製品が出荷されるまでの過程
  • 成功、失敗するまでの流れ
  • 事件の経緯
  • 植物の成長の過程

原因と似ているようで微妙に違うのがわかると思います。

原因は「点」であるのに対して、過程は「線」なのです。

 

結果とは

結果とは、「ある物事や状況から生じた状態」のことを言います。また、「優れた成果、業績」という意味もあります。

原因や過程よりもこの言葉は日常でよく使うので、改めて説明する必要もないかもしれません。

例もたくさんあります。

  • テストの結果
  • 試した後どうなったか
  • 試合結果
  • 合格発表
  • 結果報告

などなど、具体的に挙げればきりがないほどあります。

原因があって、結果があって、そこに至るまでの過程がある。

だいたいこれらの言葉の意味は理解できたかと思います。

 

結果を求めることのワナ

結果は絶対じゃない

人間生きていればいい結果を求めることは数え切れないくらいあると思います。ですが、結果は自分の力で100%変えられる問題ではありません。

勉強を何時間やったからといって必ずテストや試験で成功する保証はありませんよね。

どれだけ練習をつんで、個人個人が努力を重ねても勝てない勝負はあると思います。

もちろん、「試験に合格したい」とか「勝負に勝ちたい」と思うのは悪いことではありません。

しかし、そればかりにとらわれていては、逆に結果がついてこないような気がします。

これは、求めると離れていく「幸せ」と同じです。

幸せを求めるのはもうやめにしよう

確かに、確率を上げることはできるでしょう。勉強しないよりはした方が合格しやすいでしょうし、練習も適切な方法であればするに越したことはありません。

しかし、それでも100%ということにはならないのです。

ダイエットの広告などで「結果を100%保証するものではありません」「結果には個人差があります」と表示されていることが多いですよね。

絶対確実!結果を出す!ということは現実には難しいのです。

繰り返しになりますが、だからといってこれらがダメとか無駄だと言っているわけではありません。場合によってはこれもある種の予防線ですね。

 

過程を大事にする

結果が自分で操作できない以上、変えることができるのは原因と過程ということになります。

しかし、原因もひとつではないことの方が多く、自分が知らない原因もたくさんあるので、実際に変えることができそうなのは過程だけのような気がします。

山に登るとき、どこから登ってどこに着くかは大体同じかもしれませんが、歩き方、ペース、装備など、他の様々な部分で違いがありますよね。

過程もそれと同じで、同じ原因や結果だったとしても、過程は違うことが多々あります。そしてそれは、個人で変えることができることも多いのです。

まずは、努力や取り組み方です。テストや勝負の結果がどうであれ、努力を美とする面があるかもしれません。

これは日本にだけ見られる考え方かと思いきや、他の国や、様々な時代で見られます。

たとえば、当ブログでもたびたび出てくるドイツの哲学者カントさん。この人は「結果よりも過程の方が大事だ」と言っています。

たとえば、テストで勉強しないで80点を取るのと、同じテストで別の人が猛勉強して70点取るのでは、猛勉強した人の方が偉い!ということになります。

結果だけ見ればテストの点数が高い勉強をしなかった人の方が良さそうですが、

でも確かに、「親に言われたから塾に入った」とか、「周りがやっていたからなんとなくインターンシップをした」などはあまり褒められたものではなさそうです。

だから結果より過程、言い換えれば意図や動機が大切だという話も頷けます。

 

でも過程だって万能じゃない

さて、それでは逆の場合も考えてみましょう。

過程を大事にしすぎるというのも問題だという話です。

だって、よかれと思ってやったことでも悪い結果になったら責めてしまいますよね。

たとえば何か悪いことを起きてしまったとき、「わざとやったんじゃないなら許せる」というのは多いかもしれませんが、そんなこと要ったら「わざとじゃない」と言えばなんでも許されることになってしまいます。

結果よりも過程が大切なのは私の考えですが、過程だけが大切だとは思っていません。そもそも原因があるから結果があり、過程があるから結果があるので、これらは切っても切れない関係にあります。

だから、どちらか一方にこだわりすぎないのも重要なポイントです。

 

まとめ

以上、私の考える原因・過程・結果でした。

身の回りにもたくさんこれらはありますが、一番大切なのはやはり偏らないということです。

結果を重視しすぎれば「何もかもそうなるようにあらかじめ決まっているんだ」という運命論みたいになりますし、過程を重視しすぎても「努力こそ最高」ということで残業や過度な練習が美徳とされてきたという事実があります。

どちらもほどほどに意識するようにして、淡々とやっていくのが大事だと思います。

 

日々の生活によりよいを

ノリ

 

 

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