信念とは何か

      2018/01/06

間違いなくブログ「ノリトラス」の中で最も重要なカテゴリー。

それが「信念」です。

私が記事の中でする主張や意見は全てこの考えが入っていますし、このブログを続ける最も大きな理由がここにあります。

今回は、そんな信念の話をしたいと思います。

 

信念とは

わかりやすいイメージ

わかりやすいように、人生を「旅」にたとえてみましょう。

信念とは、コンパスです。

突然ですが、「人生の目的地は?」と聞かれたらすぐに答えられない人がほとんどだと思います。

人生の目的地は自分で自由に見つけたり、探したり、思い出したりすることができますよね。目的地がなくなって全然構いませんし、見つけようとしても自分の内にあるものなので外にはありません。

生まれた以上、途中で何をしても自由です。ここでの自由とは、「自分で決める」ということです。もちろんしてはいけないこともたくさんありますが、基本的には自分で決められることも多いはずです。

しかし、これは絶対、誰でも生まれた時から一つ決まっていることがあります。

それは、「死」です。

生きとし生けるもの全て、時の流れに抗うことはできません。

ですから、この世に生まれることがもしも自分のはじまりだとしたら、この世からいなくなることは自分のおわりです。

つまり、「人生の終着点」です。でもこれは、目的地ではありません。しぬために生きているなんて矛盾していますからね。

人生の旅は、終着点は決まっていますが、途中でどこへ寄り道しようと自由です。しかし、時間は有限ですから、自分の行きたい場所が決まれば、その方向へ進んでいった方が後悔しない人生を送ることができると思います。

しかし、大抵の場合、現在自分がいる場所から、目的地に行くまでの道は存在しません。

そんな時は、方向感覚が大切になります。道がなければ作ればいいという考えです。

そこで必要になってくるのが、コンパスこと「信念」です。

これがあれば道に迷いませんし、迷ったとしても後悔がない人生を送ることができると思います。

次に、改めて信念の意味を確認していきます。

 

信念の意味

信念という言葉は主に哲学をするときに使われていて、「自分が信じていること」という意味です。英語では「belief」と言います。

漢字だと、「信じ、念ずる」ということですね。

信念は、その人にとっての真実ということで、多くの場合全ての人にとっての真実ではありません。

自分が正しいと信じているだけで、本当に正しいかどうかはとりあえず問題にはならないのです。

それに対して、本当の真実というのは誰にとっても真実なので、信念とは交わらない部分が出てきます。

図に表すとこんな感じです。

この図を見るとわかるように、真実≠信念なのです。

それでは重なり合っているところはどうなのかというと、これが「知識」だとされています。

ということは、哲学的には「間違った知識」というものは存在しないということになりますね。

間違っている知識は、本人が正しいと思っている限り信念であり、誰も正しいと思わない知識は真実ではないので知識でもないのです。ちょっとややこしいですね。

要するに、信念とは「本当に正しいかどうかは問題じゃないけど、少なくとも自分は正しいと思っていること」になります。

私もわざわざ話を難しくしたくないので、次は日常での使い方を見ていきます。

 

信念と無知の知

さっきの信念はちょっとわかりにくかったので、日常生活で使う信念についてお話したいと思います。

「信念を持つ」とか、「軸を持て」とか言いますよね。

でもこれは、ちょっと変ではないでしょうか。

信念をどういう意味で使っているのかは知りませんが、「自分が信じていること」という意味であれば、自分が信じることを持つというのは疑問です。

軸も、考えという意味での軸なら、自分の軸を新しく作るというよりは、自分の軸に気づくという方が近いでしょう。

これらのことから、信念は貫くものであり、軸は気づくものだと私は考えました。

日常でも信念の意味は変わりません。あくまでも「自分が信じていること」です。

誰にでも信念はあります。そして多くの場合、勝手に貫いて生きています。

ひとりひとりに「すきなこと」や「きらいなこと」があります。もし「きらいなこと」しかないという人でも、それを避ける人生をきちんと貫いていますし、避けていなくても、それはそれで「きらいなことがあってもとりあえずやってみる」という信念を貫いていることになります。

ですから、信念は既に自分の中にあります。軸と同じで、要するに気づけるかどうかなのです。

私たち人間は、利便の追求と自然に対する驚異をなくすために科学技術を進歩させてきましたが、いまだに自分そのものである人間についてはわからないことだらけです。

私は大学で心理学を学んでいて、「人間は自分について何一つ知らない」ということを知ることができました。

このブログでもたびたび出てくる「無知の知」というやつです。

世の中わからないことだらけですが、気づくことができれば目の前の景色が全く異なって見えるようになります。

その手には、コンパス。

今まで存在しないと思っていたものに気づけば、透明のコンパスが浮かびあがってきます。

 

ノリトラスにおける信念

このブログ「ノリトラス」での信念とは、もちろん運営者の「ノリ」の信念です。

ということは、信じていることであって、真実ではない可能性があります。

でも、少なくとも私は大事だと思っていますし、考え方の土台になっているので、真実かそうじゃないかはとりあえず問題にはならないのです。

といっても、人間はどこまでも不完全ですし、前に進んでいく生き物ですから、この信念はゆるぎないものではなく、必要に応じて変えていく必要があります。

しかし、軸の考え方と同じように、そこが中心になっていることには変わりありません。

だからこそ、信念はまっすぐ貫くものなのです。

 

 

他人の否定はしません

自分の信念を大事にする以上、他の人の信念も同様に大切になります。

そのため、他人の意見を否定することは基本的にしませんし、もし否定したとしてもそれは「私と同じじゃない」という以上の意味を持ちません。

もちろんひとりひとり意見が違っていいのですが、似たような意見も無視できないと思います。

ノリトラスでは、どちらかというと少数派の意見も大切にし、取り入れていきます。

 

真実に近づくために

私が信じていることは真実ではないことの方が多いと思います。

真実なんてあるのかすらわかりません。

信念は、自分が生きてきた時間の中で、たくさん知り、考えた結果出てきたものです。私はこの信念を貫ぬいています。

正しいかどうかは問題にならないというようなことを先ほど言ったかもしれませんが、ブログという見られることによって成り立つものをやっている以上、正しさも大事なのです。

他人も尊重しつつ、正しさも求めていく。そんな姿勢がこれからの時代にも大切ではないでしょうか。

 

まとめ

「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也。」ご存知の方も多いことでしょう、有名な松尾芭蕉の言葉です。

「月日は永遠の旅のようで、来る年過ぎる年は旅人のようである」という意味です。

旅人のように来ては過ぎ去ってしまう時間は、人生の旅でも重要な位置を占めます。

しかし、もっと大切なのは信念です。つまり「自分が信じていること」です。

それが真実であるかは問題ありません。しかし、他人に押し付けられたものでなない、自分で発見した信念はきっと生きていく上の大事なコンパスになると思います。

 

日々の生活によりよいを

ノリ

 

 

 

 

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