信念

      2017/08/19

今回は信念についてお話したいと思います。

といっても、何から話していいかわかりませんが。

なぜ記事にしようかと思ったのかというと、このブログの一番中核にあるコンテンツにも関わらずこの記事で紹介するのを忘れていたんです。

ノリトラスのコンテンツについて

だったらそこで紹介しろよという声も聞こえてきそうですが、大事なことなので新しい記事にします。

 

信念とは

信念という言葉は主に哲学をするときに使われていて、「自分が信じていること」という意味です。英語では「belief」と言います。

信念は、その人にとっての真実ということで、多くの場合全ての人にとっての真実ではありません。

自分が正しいと信じているだけで、本当に正しいかどうかはとりあえず問題にはならないのです。

それに対して、本当の真実というのは誰にとっても真実なので、信念とは交わらない部分が出てきます。

図に表すとこんな感じです。

この図を見るとわかるように、真実≠信念なのです。

それでは重なり合っているところはどうなのかというと、これが「知識」だとされています。

ということは、哲学的には「間違った知識」というものは存在しないということになりますね。

間違っている知識は、本人が正しいと思っている限り信念であり、誰も正しいと思わない知識は真実ではないので知識でもないのです。ちょっとややこしいですね。

要するに、信念とは「本当に正しいかどうかは問題じゃないけど、少なくとも自分は正しいと思っていること」になります。

私もわざわざ話を難しくしたくないので、次は日常での使い方を見ていきます。

 

日常での信念

さっきの信念はちょっとわかりにくかったので、日常生活で使う信念についてお話したいと思います。

「信念を持つ」とか、「軸を持て」とか言いますよね。

でもこれは、ちょっと変ではないでしょうか。

信念をどういう意味で使っているのかは知りませんが、「自分が信じていること」という意味であれば、自分が信じることを持つというのは疑問です。

軸も、考えという意味での軸なら、自分の軸を新しく作るというよりは、自分の軸に気づくという方が近いでしょう。

これらのことから、信念は貫くものであり、軸は気づくものだと私は考えました。

日常でも信念の意味は変わりません。あくまでも「自分が信じていること」です。

 

ノリトラスにおける信念

このブログ「ノリトラス」での信念とは、もちろん運営者の「ノリ」の信念です。

ということは、信じていることであって、真実ではない可能性があります。

でも、少なくとも私は大事だと思っていますし、考え方の土台になっているので、真実かそうじゃないかはとりあえず問題にはならないのです。

といっても、人間はどこまでも不完全ですし、前に進んでいく生き物ですから、この信念はゆるぎないものではなく、必要に応じて変えていく必要があります。

しかし、軸の考え方と同じように、そこが中心になっていることには変わりありません。

だからこそ、信念はまっすぐ貫くものなのです。

 

信念を公開する理由

私はこの信念カテゴリーの記事には一番力を入れようと思っていますが、残念なことに、見られている数は信念が一番少ないです。

それでも私が自分の中心にある意見を公開するには理由があります。

それは、私の書く記事全てに私の考え方やものの見方が含まれているからです。

たとえ読まれないとしても、自分の考えはそこにありますし、確認にもなります。

だから信念は今までも、そしてこれからもノリトラスにとって大事なコンテンツです。

 

真実に近づくために

私が信じていることは真実ではないかもしれませんが、それに近づくように努力はしているつもりです。

信念は、自分が生きてきた時間の中で、たくさん知り、考えた結果出てきたものです。私はこの信念を貫ぬいています。

正しいかどうかは問題にならないというようなことを先ほど言ったかもしれませんが、ブログという見られることによって成り立つものをやっている以上、正しさも大事なのです。

他人も尊重しつつ、正しさも求めていく。そんな姿勢がこれからの時代にも大切ではないでしょうか。

 

まとめ

信念とは「自分が信じていること」です。

難しい話なので自分でもよくまとまっていませんが、この記事やこのブログ自体も自分と同じように成長していけたらと思っています。

 

日々の生活によりよいを

ノリ

 

 

 

 

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