「勉強」嫌いな子どもになる原因は?親ができるとっても簡単で難しい解決法

   

こんにちは!ノリです。

「勉強なんて何の意味があるの?」「面白くない」と言う子どもは多いと思います。

今からお話するのはそんな「勉強」嫌いな子供になってしまう原因と、その解決法についてです。

ちょっと自己紹介も兼ねてこの記事を書くに至った経緯をお話します。

私は今大学3年生で、子育てをしているわけではありません。

しかし、学びの最前線である大学に「自らの意思で行っている」という立場の人からの意見は貴重だと思います。以前にも学びについての記事を書いたことがあります。

学問って何?学ぶことに意味はあるの?と思う方へ

今回は自分から進んで、そして楽しんで勉強をしている私が勉強嫌いな子供をなんとかしたいと思っています。

勉強が嫌いになってしまう原因はひとことで言えば「大事なことを教えられていないから」です。

それではその大事なこととは一体何でしょうということをこれからお話していきます。

 

そもそも勉強とは?

まずは言葉の定義からしておきます。

この記事での勉強とは「学校教育のカリキュラムによって嫌でも避けられない学び」のことを指します。

私は勉強という言葉が嫌いでした。

「あれ、さっき楽しんで勉強とか言ってたよね?」と思うかもしれません。でも、意味を確認すれば勉強を楽しみつつ、嫌いな原因がわかります。

なぜなら、勉強は学びと同じように見えて、意味が違うからです。

それは、英語の「study」と「learn」の違いとほぼ同じです。

 

勉強(study)

勉強に付きまとうマイナスのイメージとは一体何でしょうか。

語源を確認すると勉強とは、勉め強いることです。つまり、もとから仕方なくやるという意味なんですね。

江戸時代にはがんばって値引きするという意味でしたが、明治時代になり、知識を多く得ることが美徳とされるようになってからは、「学習する」という意味になりました。

そして、現在ではご存知の通りの使われ方がされています。

英語の訳語として使われる「study」の意味も似たようなものです。

studyの意味はもちろん勉強ですが、具体的なニュアンスは「学ぼうとすること」です。

studyは実際学んでいなくても学ぼうとしていたらいいわけです。身についているかどうかは関係なく、「何時間勉強した」とか「○○のために勉強」するといった時に使います。

これってまさに勉強じゃないですか。嫌々やらされて、何かを得る手段になっています。

正直、学校の勉強はテストの点数が高ければそれでいいんです。でも点数が高ければ身についていると言えるのでしょうか?テスト範囲という半ば「答え」というものを知らされ、事前に勉強するだけでテストが終わったらすぐ忘れてしまうようなこと。それって本当に学んだと言えるのでしょうか?

また、親からしてみれば、勉強している姿を見られるだけでも十分でしょう。たとえば、子どもが毎日2時間、3時間勉強している姿を見られるならテストの点が低くても、勉強が全く身についていなくても許してしまいそうになります。でもそれでいいのでしょうか。

勉強が嫌いになる原因の多くはこれです。「やらされている感じ」「役に立たない感じ」です。それに対し、学びは違います。

 

学び(learn)

もし「いや、テストの点数を高くさせたいんだ!」とか「机に縛り付けることができるならそれでいいんだ!」と思う方は私のブログの方針と違うので読むのはここまでで十分です。

でもそうでない方は悩みに悩んでいることでしょう。「でも勉強はやらなくちゃだめじゃないか。だったら親としてやらせなければいけないと思ってしまう」

その考えは正しいです。私は何も学校や勉強を全否定するつもりはありませんし、そのシステムを破壊して路頭に迷えとも言っていません。

だったらなおさら、わけがわからなく思うかもしれません。

問題を解決するヒントは、学び(learn)にあります。

学びは真似びとも言われ、まねをすることからきています。

learnは「学び身につける」ことを言います。studyでは学びの過程でしたが、learnは学びの結果であり、成果です。

ここで、「テストは学びの結果じゃないのか」と思うかもしれませんが、学びの目的はテストの点数を高くすることではありませんし、学校の勉強は親に褒めてもらうため、いい大学に行くための手段でもありません。

学び自体が目的であるはずなのです。だから最高学府である大学では勉強が目的になっています。手段でもあるかもしれませんが、学びたくて大学に行くという人は多いと思います(そう信じたい)。

learnというと、どうやって学んだかとか、どのくらい勉強したかとかそういうのはどうでもよく、身についたということが重要になります。

日本語でも、「学ぶ」という言葉はよく使いますが、「ただ知る」くらいの意味で使っている人がいます。これは学びではありません。身についていないからです。

ここで、勉強は「学校教育のカリキュラムによって嫌でも避けられない学び」と定義した理由がおわかりいただけたでしょうか。

どうしてあなたが子どもに勉強をさせたいかというと、嫌でも避けられないからなのです。それは正しいです。別に逃げ道はありますが、それは子どもが勉強する意味や価値を見出せなくなり、なおかつ責任が取れるときでいいでしょう。

嫌でも避けられないからなんとか楽しみを見出してやってほしいというのが親の切実なる願いなはずです。

その解決策はあまりにもあっけなく簡単で、でも難しいです。今からそれをお話します。

 

勉強嫌いをなくす解決法

おまたせしました。やっと解決法です。

やけにもったいぶりましたが、大事なことなのであまり読み飛ばさないでほしいです(笑)

さて、私が思うたったひとつの答えは、ずばり「親が笑顔で過ごすこと」です。

拍子抜けしてしまいそうですね。

この話には続きがあります。納得できない方はそれも聞いてほしいと思います。

 

勉強=人生

私は勉強って人生と似ていると思うんですよね。

だって、私たちは何で生きているかわかりますか?それを考えながら生きているのが人生というものでしょう。

勉強も何でやっているかなんてわかりません。気づいたらこの世に生まれていたように、気づいたら勉強をやっていたのです。

相当なひねくれものでない限り「この世界に無理やり生まれさせられた」と思う人はいないと思います。

だから「無理やり勉強させられている」というのはちょっと変なのです。勉強の意味はやっている間に見つけていけばいいと私は思っています。

生きることが嫌でもしぬことができないように、勉強が嫌でもやめない方がいいです。

勉強自体にはっきりとした意味があるのではなく、勉強が「ねぇボクって役に立ってると思う?」って聞いてきているのです。

だからそれにこたえるのが勉強をする人の役目だと思っています。

「うん、役に立ってるよ!」と言えるのが一番ですが、なかなか学校で学ぶ勉強は日常に結びつきません。

なぜなら、勉強のシステムが日常に結びつけるようにできていないのです。

「微分積分」とか日常で使いますかっていう話です。まぁそれは一部の人は使うので良いとして、なんで兄弟で池の周り走るんだよって話です。鶴と亀の脚の本数数えて何がしたいんだよって話です。

このように、役立てようと思っても難しいのが現状です。ですが、そんな役に立たなさそうな問題はごく一部で、大抵は見方を変えれば役に立つことに気づくはずです。

それを教えることが大事だと思います。

生まれたから生きているように、勉強があるからやっている。とりあえずはそれでいいじゃないですか。

でも、ただ生きるのとよく生きるのが違うように、ただ勉強するのと学んで役立てるのは違います。

ぜひ後者になってほしいものです。

 

どうして笑顔なの?

いよいよこの記事も終わりが近づいてきました。

どうして親が笑顔になることで子供が勉強を楽しくできるようになるのという話でした。

勉強と人生を同じように語るなら、まず自分が人生を楽しんでいないと説得力がありません。

親の悲しい顔って子どもは見たくないものです。だから、子どもがいるいないに限らず、なるべく人生を楽しもうという姿勢を見せることによって、子どもは勉強以上に大切なことを学びます。

そう、勉強を通して人生について学ぶことができてしまうのです。
これができたら最高ですね!そんな親になりたいです。

 

まとめ

全ての学校がそうだとは言わないですが、少なくとも学ぶ内容上は面白くありません。

教え方は先生によってばらつきがありますし、先生のせいで嫌になった科目もあると思います。

それでも、やる意味はかならずあります。というか、見つけることができます。

だから、子どもに勉強をさせたいときは、まずは自分が人生を楽しむのが一番です。それで、先に述べたような話をしてあげれば、きっとわかってくれるかと思います。

もちろん、年齢によって話すことは変わってくると思いますので、そこは臨機応変に。

 

日々の生活によりよいを

ノリ

 

 

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