知識がないと路頭に迷うよ!知ることが視点の広さにつながる

   

こんにちは!ノリです。

私は春から3年生になり、大学生活も折り返し地点を過ぎました。

ゼミに入り、春休み最初に出された課題は研究テーマを見つけ、論文を1本紹介するというもの。

正直研究テーマは漠然としか決まっていませんし、論文は紹介したことないので全くわかりません。

まだあまり話したこともないので新学期で忙しいであろう教授にも相談できず、彷徨っています。

さて、今回お話することは知識がないと路頭に迷うということです。

現在の私がそうです。絶対的な知識量が足りないので、手当たり次第に論文や書籍を読まないと身につきません。

そもそも、「わからないことがわからない」という学問や勉強において一番つらいであろう位置にいるので、まさに先の見えない暗闇です。

理解できないという暗闇を照らすカンテラになるのは知識です。

知っていればわかるというものもないですが、少なくとも学術論文では引用文献なしでたった一人で考えることなど限りなく不可能に近いです。

他の場合でも同様に、知るということが行く道を照らすカンテラなり懐中電灯なりになってくれるのです。

 

わからないがわからない

学校のテストでいつも点数が低い人に共通していることって大抵怠けているか、覚えていられないか、わからないことがわからないかのどれかです。

その中でも、わからないことがわからないについては自分だけで考えてもどうしようもないこともあり、本人の努力で解決することが難しいことでもあります。

そのため、他人による助けが必要だったり、知識が必要になったりするのです。

他人による助けについてはいつか別の記事で話しますので、今回は知識を得ることについて話していきます。

 

わからないことがわからない理由

さて、わからないことがわからないという状態にはどうしてなるのでしょうか。

それは、知識が少ないからです。

何から手をつけたらいいかわからない。基礎的なことがわからない。こういったとき、自分が何をすればいいのかがわからなくなり、路頭に迷います。

ちなみに「路頭に迷う」や、「彷徨う」という言葉は自分の周りで使っている人があまりいないのでおかしな言い回しかもしれませんが、日常で私がよく使っているのでご了承ください。

 

改めて知ることの大切さを知る

知ることの大切さを知るってややこしいですが、要は知識があれば考える土台になるということです。

たとえば、読書。

本を読むのは多いにこしたことはないと思うかもしれませんが、ただ本を読むだけではあまり有効的とは言えません。情報を自分の中できちんと消化しないと、自分がその本の内容にとらわれたり、自分だけの考えだと勘違いしたりします。

また、旅もそうです。

旅に出て、新しい場所に行くというのはとてつもない情報量であり、インプットがどうしても多くなりすぎてしまいます。そこで自分なりに知識にして、伝えることをしないとどんどんわけがわからなくなっていったり、考えることに使うエネルギーがセーフモードになってしまいます。

そこで大切なのは、読書や旅それ自体というよりも、そこから何を学びとったか、どう自分が成長したかなのです。

これは、大学でも就職の際にも言えます。

どこの大学に入ったか、出たかではなく何を学び、どう考え、誰に伝えたかが大切です。

アルバイトのリーダーやサークルの幹部をやっていたなんてものはどうでもよく、そこから学び得たことを職場で生かせるか、またはこれからも学ぶ姿勢があるかどうかが重要なんです。

ということで、知ることはもちろん大切なのですが、それがなぜ大切かというと、考えるときに必要だからです。

私が今話している日本語も、日本語を知っているからこそできることです。

わからないことがわかるためには、多くのことを知ることしかありません。

知るべきことがわからない?なら手当たり次第にやっていくことです。

もちろん大変です。気持ちはよくわかります。私が現に彷徨っているのですから。

しかし、自分の理解が及ぶまでたくさん知ると、だんだん見えてきます。

わからないということが。

わかるんじゃないんかーい!

 

まとめ

ここまで駆け足でお話しましたがいかがでしたでしょうか。

何をどうすればいいかわからないんだったらとにかく動くしかないです。

動くといっても具体的な行動というよりは情報収集です。

考えることは大切ですが、周りの状況を判断したり、過去から照らし合わせたりすることは考えることと深く関わっています。

ということで今回の言いたかったことは

「ノリ、路頭に迷う」でした。

 

日々の生活によりよいを

ノリ

 

 

 

 

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