インターネットと本と対面の違いから見る「情報の正しさ」について

      2017/05/26

こんにちは!ノリです。

私は現在、ブログを使って全世界の人に(といっても主に日本人)に向けて情報を発信しているわけですが、ちょっと思ったことがあります。

「自分が今話していることってどうやって本当って証明できるんだろう」

「情報の正しさって何だろう」

この二つの疑問はお互いに関係する話です。

現代は、高度情報社会(インターネットがないと生きていけないような社会)と呼ばれています。高い身体能力で有名なケニアのマサイ族もスマホが普及していますし、インターネットがまさに全世界へとつながるようになってきています。

しかし、一方でインターネットはその情報の正しさが疑われることも多いのが現状です。

西村博之ではないですが、「嘘を嘘と見抜けないなら難しい」のです。

でも逆に、「真実」って何でしょう。今回はそのことについて考えていこうと思います。

と、いきなり言ってもピンとこないと思うので、さらにわかりやすいように、インターネットと本と対面(実際に会う)との違いから、「情報の正しさ」について考えていきます。

 

なぜ比較するのか

本題に入る前に、まずはどうしてこの3つを比較するのかの話をします。

まず、インターネットと本はよく比較されていますよね。

「インターネットより本の方が信ぴょう性が高い」と一般的には言われています。

しかし、インターネットでも本でも嘘をつく人はいます。だから単純にどちらの方が正しいとは言うことができないのです。

そこに割ってはいるのが対面です。対面だって嘘はつきます。日常会話で何でも本当のことを言うなんて人はむしろ少ないです(こんなことを言う根拠は?データは?と聞かれたらどうしもないですが)。

だからこそ、正しいって何だろうっていうことについてこの3つを比較することで浮き上がってくるものがあるだろうと考えました。

 

インターネットの情報の正しさ

まずはインターネットについてです。

私の印象としては、玉石混合(いいものもそうでないものも混じっている)といった感じです。

データの話をするとまたややこしくなるので簡単に説明します。

個人が「ケーキっておいしいよね!」と言った場合はその人の感想でしかありません。

しかし、「ケーキがおいしいってクラスの全員で意見が一致したよ!」だと少し一般化できそうですよね。

それがもっと広がって、世界中の人に「ケーキは良いか聞いたよ!」となれば一番なのですが、そんなこと現在はできません。

言葉がまだ話せない赤ちゃんには質問ができませんし、そもそもそんな膨大な数の人に質問をすることはあまりにも大変です。

ということで、普通は本当に知りたい情報(母集団といいます)を推測によって求めるのです。そのあたりは統計学という学問で詳しく学べます。

 

一次情報の大切さと一般化

インターネットで公開されている様々なデータには、色々ありますが、一次情報が大切なのはどれでも同じようです。

一次情報とは、情報の出所です。何かを引用するのではなく、その源となる情報です。

情報というのはコピーするだけなら簡単ですが、「伝言ゲーム」のように人に広まっていくうちに徐々に中身が変わっていきます。これは本でも対面でも同じです。

だから基本的に、正しいのは情報の出発点、つまり一次情報なのです。

しかし、一次情報といっても、その全てが正しいわけではないことは簡単に創造がつきます。私が今こうして話しいている文章も誰かの言葉ではないので一次情報になりますが、正しいかどうかはわかりません。

「正しい」が何かを考えるとまたややこしい話になるので、単に「今現在十分な信頼性に足るモノやコト」としておきます。

基本的には国が正しいと思ってもらって結構です。疑うとまたややこしくなるので。総務省統計局が行っている国勢調査などがいい例です。ほかにも、政府は様々な調査をしています。

次に正しそうなのは、新聞社 のニュースです。しかし、このあたりはもう正しくない情報も入っているので、ひとつひとつ見極める必要があります。

そうやって見ると、いまこの記事が載っているブログはあまり正しくないことの方が多いと言わざるを得ません。

なぜかというと、自分だけで考えたことが多いからです。

ツイッターでもデマや捏造はたくさんありますよね。人の話したことをさも自分が初めて言ったかのように振舞う「パクツイ」も問題視されています。

 

インターネットのデメリット

インターネットにはもちろんいい情報もあります。しかし、自分で選びとっていかないとどんどん偏見のカタマリのような人間になってしまうことでしょう。

この、情報を選び取る力のことを、「情報リテラシー」よ呼びます。

私たちは何かを検索するときはグーグルなどの検索エンジンを使いますが、検索上位に来るものが正しいとは限りません。年々精度は上がってきていますが。

そこで情報を取捨選択することで、より公平な目線に立てるというわけです。

基本的に、あおるような口調だったり、極端なことを言っている人や記事があったら、それとは反対の記事も読んでみるといいと思います。

本や対面と大きくことなるのは、自分から行かなくても勝手に情報が入ってくる点です。

本は買ったり借りたりして読まなければいけませんし、対面は相手がいて、それを聞かなければいけませんが、インターネットでは無料で、無人で情報が手に入ります。

テレビをつけっぱなしにするように、ボーっとネットサーフィン(ネット上をぶらぶらすること)をしていると、自分で情報を選んでいるように見えて、実は勝手に選ばれているうことに気づきません。

だから、あくまでも主体的に情報を選択する必要があります。

 

本の情報の正しさ

本もある程度はインターネットと同じです。一次情報が大切で、自分で取捨選択してく必要があるとうことです。

本とインターネットの違いとは何でしょう。なんとなく本の方が正しい気がしますが、そうでもありません。今は電子書籍もありますし、編集者がいなくても本を出版することができます。

それと、本を売るとなるとたくさん売れてほしいので、どうしてもあおるような帯をつけたり、中身になってしまうことがあります。

何人かで共同で本を執筆したり、編集者により厳しいチェックが入るなら別ですが、そうでなければ案外ブログの大差ないのかもしれません。

思いを伝えるにしても、多くの人に伝えるならインターネットがありますし、より正確に伝えるなら対面で直接話したほうが良いですよね。

でも本にはそれらにはないメリットがあります。それは、既に会えない人の考え方を知ることができるという点です。

誰にでも正しいというわけではありませんが、その人が本に出す言葉は嘘ではありません。仮に嘘だとしたら長い年月が経つうちに読まれなくなっていきます。

全ての本がインターネットでデータ化されれば本の有用性も多きく失われてしまいますが、まだそうなってはいないので、本は本でメリットがあります。

それは、情報だけではなく、その情報に至った経緯や、考え方などがまとめられているからです。

本にとっての正しさとは、時間が経っても読まれ続けているということにあるのかなと思いました。

インターネットは読まれなくてもそこに存在し続けることは難しくありませんが(誰かがコピーしておいて復活させるということもできます)、本なら発行部数が少なくなり、絶版になって読むことができなくなります。

だから、売れている本が正しいのではなく、売れていなくても長く読者に愛され続けている本というのが正しい情報を持っていると思います。

 

本のデメリット

インターネットは自分で選び取っていかないといけないという話をしましたが、本の場合はむしろ自分の嫌いな本も積極的に読まなければこれまた偏見のカタマリ人間になってしまいます。

本は多くの場合有料なので、わざわざ読みたくもない本を買いたくはないですよね。それがちょっと問題なのです。自分の好きなジャンルや思想の本ばかり読むことで、偏った見方しかできなくなってしまうからです。

といっても、図書館で借りたり、中古で買ったりすればそれほど大した問題ではないかもしれません。

 

対面の情報の正しさ

最後は対面の情報の正しさについてです。

対面が他の媒体と違うのは、情報量が圧倒的に多いからです。

表情やしぐさ、話し方など、文字以外に多くの情報を伝えることができます。時として意図していない場合もありますが。

「それならインターネットの動画でいいじゃん」と思うかもしれませんが、それはコンサートライブやスポーツ観戦を生で見るのと、テレビで視聴するのが同じと言えますかって話です。これらも離れてはいますが対面です。

言葉で表せない多くの情報を含んでいるので、正しさはともかく、量ならインターネットにも負けません。

 

対面のデメリット

これは明らかに話す人が持っている情報に左右されるということがおわかりいただけるかと思います。

たとえば、「リンゴは赤い」と言う人(赤の人)と、「リンゴは青い」と言う人(青の人)がいるとします。

赤の人は自分が今まで見てきたリンゴが赤色だったから、リンゴは赤いと言っています。青の人もそれは同じで、青いリンゴを見てきたからリンゴは青いと言っています。

正しいのはどちらでしょう。

この場合、どちらも正しいというしかありません。理由は、「リンゴ」という言葉の意味にズレがあるからです。

現代では多くの海外の言葉が翻訳されて、自国の言葉のように疲れますが、完全に意味が同じというわけではありません。

リンゴの色もそうですし、太陽の色や、虹の色も地域や文化によって違います。

そう考えると、対面での情報の正しさというのは「その人が信じている」というレベルでしかないことになります。

インターネットも本も同じようなものかもしれませんが、対面だとより「自分が思っていること」について話すことが多くなることでしょう。

それで意見のぶつかり合いになることもしばしばありますし、口論になることもあります。

 

まとめ

「正しい」というのは厄介で、定義するのが大変なので、避けてしまいました。基本的に、お金儲けが絡んでくると情報が間違いやすいと言えるというのが今回考えてみてわかりました。

しかし、本来なら「正しい情報」について考えるなら「正しい」とは何か、「情報」

とは何かを考えなければいけません。その話は機会があればまたいつかしたいと思っています。

それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!

 

日々の生活によりよいを

ノリ

 

 

 

 

 

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