調べることを面倒だと考えるのがダメな3つの理由

      2017/06/20

こんにちは!ノリです。

さて、今回は「調べることを面倒だと考えるのがダメな理由」についてです。

あなたが社会人でも、大学生でも、ブロガーでも、「調べる」ということは大切です。

社会人なら報告書や企画書で統計的なデータやきちんとした根拠があることは必須ですし、大学生なら論文やレポートで出典を明記することは大前提です。

それはブログをやっている方でも同じ。データや他の人の意見も示すことは信頼のあるサイトになるための第一歩です。

てきとーに「今日は焼きそばを食べた」とか、「こういう映画をみた」なんてその人がよっぽどの有名人でなければ誰も見てくれませんからね。

しかし、実は私もブログをはじめた当初はそんな感じでした。

初期の方の記事のタイトルは「論より証拠?自由に話せばいいじゃない」みたいなのだったと思います。ちなみにその記事は今はお蔵入りになっていて、読むことはできません。

そのうち「悪い見本」や「書き直しの例」として記事にするかもしれませんが。

ってそんなことはどうでもよくて、私は最近になって「調べる」ということをやりはじめたという話です。

そして、調べることをしなかった昔の何がいけなかったが段々わかってきたので、調べないことがなぜいけないのかをまとめていきます。

 

調べないことがダメな理由

憶測で語ることになる

これは、全く調べないときに起こるものです。

たとえば、自分が主張したい意見があったとしましょう。しかしその前に、その意見が妥当かどうか考えなければいけません。

たとえば、焼きそばを食べる頻度の全国平均をデータを使わず増えているだの減っているだの言っても説得力のカケラもありませんよね。そんなデータないと思いますが。

そういう場合は、「○○だろう」「○○かもしれない」で中身が埋め尽くされてしまいます。そうでなければ、ただのうそつきです。

社会人なら失笑ものですし、大学生でも「あぉ……」となること間違いなしです。

「別にブログなんだから好きなこと書けばいいじゃん」そう思うのは自由です。私じゃなくて読者が判断することですし、それはそれで構いません。

でも、その場合はぜひとも憶測だけで終わらないようにした方がいいと思います。

これはただ単に私の好みの問題かもしれませんが、うわさ話ほどくだらない話ってなかなかないと思うのです。

大学の論文でうわさ話レベルの内容があったらびっくりです。それにうわさって偏見を助長するおそれがあるので、日常会話でもやめるべきです。

偏見は、愚か者たちが使う理屈である。  ―ヴォルテール

自分の立場を明確にできない

どの目線、どの立場から意見を言っているかというのは大事です。

たとえば、「焼きそば研究家の人が焼きそばのよさについて話す」ことと、「ただ単に焼きそばのわるさについて話す」ことは全く違います。

これは、ある程度自己紹介をすることで補える場合もありますが、あなたが社会人や学生の場合はそんなことしても場がしらけるだけです。

まずは「○○という意見の人がいて、私はこれに賛成だ(あるいは反対だ)」という形ではじめると良いと思います。

これならその後に理由を話すのが簡単になりますし、流れとしてもわかりやすくなります。

自分は人の意見と違うよ!という場合は別に客観的なデータでなくとも大丈夫なので、「友達がこう言ってたけど私は違うと思ったよ」くらいでいいと思います。できれば友達や自分の意見と同じような考え方を文献やネットで探すとさらによしです。

これができないと自分の立場がはっきりしませんし、「結局何が言いたいの?」ということになってしまいます。

「賛成・反対ではなく、争点や今起きている議論をまとめる」という場合は、さらに調べることが重要となってきますので、自分の立ち居地をはっきりさせるためにも欠かすことはできません。

 

説得力に欠ける

調べることをしないことがダメな最も大きな理由は、説得力に欠けるということです。

これは「憶測で語ることになる」とも関係していますが、憶測に説得力がないように、説得力がない話もまた、憶測です。

しかし憶測と違うのは、「調べていても起こる」ということです。

だったら調べなくても同じじゃんなんて思わないでください。むしろ調べても起こるからちゃんと調べる必要があるのです。

たとえるなら、雨が降ったときに使う「かさ」です。「かさ」を使ったからといって、雨がやむわけではありませんよね。でも、「かさ」をさしていることで雨を軽減することはできます。もちろん完璧ではないので風が吹けば雨が体にかかる場合もありますが、それでもささないよりはだいぶましでしょう。要はそういうことです。

説得力のある話や内容とはどういうものかというと、それは「正しい情報」によってつくられたものです。じゃぁいったいその正しい情報って何だろうという話は以前しましたので、そちらも参考にしてもらえるとうれしいです。

インターネットと本と対面の違いから見る「情報の正しさ」について

 

まとめ

調べることが面倒だと考えてもろくなことになりません。自分で後悔することになります。

インターネット上には正しい情報も間違った情報も多くあります。膨大な量の中から、自分に最適な情報を見つけ出すことは簡単ではありません。

しかし、そもそも探さないとなれば話は別で、それはただの面倒くさがりです。

説得力に欠ける話や内容は信頼を損ねる場合があります。ぜひ普段から心がけて、面倒でも少しずつ調べる習慣をつけるといいでしょう。

 

日々の生活によいよいを

ノリ

 

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