ネットだからこそ清く、美しくあろう!SNSでのマナーの話とか

   

こんにちは!ノリです。

先日、このような記事を見つけました。

外部リンク:あなたのブログのPVが伸びないのは、あなたが「清く、美しい」からだ

基本的にネットの世界でアクセスを集めるのはゴシップなんですよね~。

何も個人ブログだけでなく、yahoo!ニュースやLINEニュースを眺めても芸能人のプライベートの話ばかりです。(本文より)

本当にそのとおりだと思います。

テレビをつけたらやれ誰々が熱愛だの交通事故があっただの、わけがわからないことばかりやっています。

インターネットやSNSで溢れるのは不確かな情報や悪口、陰口。

なんだか悲しくなりますよね。そんな必要ないのに。

実際私はブログのPVが高いわけではありません。だからこそ、というわけではありませんが、読んで得するようなブログにしたいと思っています。

得するというのは「すぐ」かもしれませんし、「だいぶあと」かもしれません。

でも人生の貴重な時間を使って読んでもらっている以上は、手を抜くわけにはいきませんので、とにかく全力で臨んでいます。

そこで、今回お話することはネットだからこそ清く美しくあろうとすることが大切という話です。

 

インターネットは悪なのか?

まずはじめに、インターネットが私たちの生活に悪影響を及ぼしたかどうかについて考えていきます。

インターネットのせいで私たちが汚くなっているのでしょうか。

たしかにそういう一面もある思います。

しかし、私はツイッターのせいで悪口を言う人が増えたとは思えません。なぜなら、インターネットは世界のさまざまな場所とつながるため、その分悪口を言う人が目につくようになっているだけだと思うからです。

よくお金が人を変えるのではなく、人の本性が現れるだけなんて言いますよね。

これと同じで、インターネットも人を悪くするというよりは、本性が出るだけのような気がします。

今さらっと「本性」という言葉を使いましたが、そうはいってもその意味は色々あります。それは、性善説と性悪説の違いのようなものです。

私は基本的に人は好き好んで悪さをしないと思っています。

人間にもとからいい人も悪い人もいませんし、ほんの少しの遺伝と、環境によって決まると思っています。

というわけで、インターネットやSNSで汚れてしまったと感じた心は、また清く美しくすることができるのです。ちょっと無理やりですが。

 

インターネットで清く美しくあること

なぜ「正しく」がないのか

清く美しくとさっきから言っていますが、なぜ普通は同時に用いられる「正しく」がないのでしょう。先ほど引用した記事のタイトルだからというのもありますが、そうしたのは意図的な理由があります。

それは、「正しい」なんてわからないからです。あまりにも曖昧すぎる言葉なので、使いたくないのです。

正解という意味ならゴシップでも事件でも正解ですし、完璧に正確でないのはこのブログも同じですから。

正しくあろうとすることは大切ですが、それが人に迷惑をかけることもあります。

それに、私の意見だけが正しいと思っているみたいでいやじゃん!

 

真実が靴を履いている間に、嘘は世界を半周する

これはマーク・トウェインという人の言葉です。インターネット には天文学的な量の情報があるため、その中には嘘も多く混じっています。

特にゴシップなんて本当かどうかも疑わしいのに騒いでいます。嘘は嘘として楽しめるならまだいいですが、それを真実と誤解してしまうのはどうなのかなと思ってしまいます。

しかし、ウワサ話や誹謗中傷が広まりやすいのは事実かもしれません。

マスコミの特定の物事に対する異様な「叩き」、集団の力を借りた「炎上」など、どれも昔からあったことではありますが、少し目立ちますよね。

これらを清く、美しくないと定義します。

では逆に、清く、美しいとはどういうことでしょう。

 

清く、美しくとは

インターネットでは、昔の人が一生に出会う人の数を大きく超えた人に思いを伝えたり、受け取ったりすることができます。

当然その中で、顔を見たことがない、素性も知らない人があなたのインターネット上の書き込みなどの表現を見ることがあります。

初対面の人に対して敬語を使ったり、丁寧に接するのは大事なことです。

同じように、インターネットでも初めてあなたに出会うだろう人を想定して、なるべく良くみせようとするのが「清く、美しい」ということです。

もちろん自然に振舞える人ならそうすればいいのですが、普段ならバカにされて終わるような夢物語を話すのに向いているのがインターネットです。

もしあなたが対面では悪口ばかり言ってしまう人なら、より多くの人を相手にするインターネットではせめて清く、美しくを目指してほしいと思います。

反対にインターネットでより声を荒げて汚くあろうとする人がたまにいますが、何なのかよくわかりません。

現実はこうだけど、こういう未来がいいなというのをお互い認めあうことで、何だってできると思います。

絶望ではなく、希望を共有してほしいものです。

 

SNSでのマナー

不特定多数を相手にするような状況では、なるべく誰にでもわかるような言葉を使いましょう。

それと相手の話をきちんと聞きましょう。

これはSNSに限った話ではありませんが、インターネットで多くの人とつながるからこそ優先してやってほしいことです。

「顔が見えないのでつい悪くなってしまう」というなら、反対に「顔が見えないのでつい良くなってしまう」というのもできるはずです。

だって防犯カメラがないからってつい犯罪をするなんてことはないはずです。

よくインターネットと現実(リアル)を分けて考える人がいますし、インターネット以外で充実しているのをリア充なんて言いますが、インターネットが現実でなかったら何なのか知りたいです。

インターネットだって画面の向こうには人がいます。そのことをきちんと意識しているかどうかがインターネットの最低限のマナーだと思っています。

 

まとめ

汚くあることを批判したこの記事は何なんだと思う人もいるかもしれませんが、私がやりたいのは批判ではなく希望のつもりです。

この記事を読んだ人が少しでも清く、そして美しくあろうとすることを願っています。

 

日々の生活によりよいを

ノリ

 - 雑記、雑学