常識を疑うことって大切。NBA選手が「地球は平ら」と言った件について

      2017/02/23

こんにちは!ノリです。

ブログ「ノリトラス」では日々の生活によりよいをテーマに、様々な角度から日常に切り込んでいきます。

今回お話する内容は常識を疑うことについてです。

この話題については、前から記事にしたくて仕方がなかったのですが、構成と言葉選びを迷うせいでなかなか公開できていませんでした。

しかし、先日アメリカのプロバスケットリーグであるNBAの選手が「地球は平ら」と発言したことが話題になったので、そのことも含めて話したいと思います。

原文はこちら

地球は平らと発言したのはカイリー・アービング選手。彼は名門デューク大学で1年過ごした後、2011年に全体1位の指名を受け、NBAの舞台に立ちました。

私はバスケットボールが好きで、よくボールを触ったり、NBAのプレイ動画を観たりしていています。

そして、数多くの選手の中でも大好きな部類に入るのがこのカイリー・アービング選手です。

それだけに、この発言は驚きました。

正直、なに言ってるんだって思いました。

 

しかし、それは私の思い違いかもしれません。

英語へたっぴですが簡単に訳します。

「これは陰謀ですらないよ。地球は平らだ。地球は平らだ。地球は平らだ。」

アービングは断固として言った。

「これらの特定のグループは、僕が一人のグループを特定しても、この教育をほとんど提供しないだろう」

「僕たちの一生、僕たちの歴史にはとても多くの穴と空洞があるという事実……僕はあなたに話している。それは僕たちの顔の真正面だ。彼らは嘘をついている」

「僕が何年にもわたって知っていたこと、そして僕が信じるようになったことについて、僕が教えたことは、地球は丸いことだ」とアービングは続けた。

「しかし、もしあなたが本当にに僕たちが旅をしているときの景色、移動するときの方法、それら事実について本当に考えているなら、あなたが本当に太陽とすべての惑星がそれぞれ特定のスピードで回転しているという事実について考えているなら、これらの惑星で何が起こっているのか?」

ジェファーソン(チームメイト)によると、アービングは「惑星」という言葉を皮肉の意味で使った。

「僕は、彼らが送ったものがすべて、または彼らが送っていると言いたいために戻ってこないので、惑星を皮肉の意味で使った…彼らは、彼らは特に、あなたが何を信じるべきか、信じないのかという方向に導いているんだ。真実はそこにある。あなたはそれを探しに行かなければならない」

デュークで1年を過ごした後、2011年に全体で第1位に上がったアーヴィングは、今週末ニューオーリンズで今週末、オールスター・メディア・デーでの彼のコメントを倍増した。

アービングはESPN(ウォルト・ディズニー・カンパニー傘下のスポーツ専門チャンネル)に語った。

「僕は人々が自分の研究をしなければならないと思うし、僕と同じ考えかもしれないし、冷やかすかもしれない」

「しかし、人々が自分たちで見つけ出すのは面白いと思う」

彼が地球の「写真」を見ているかどうか尋ねられたら?

「僕の教育制度が真実だったり、完全に偽だったりしたのをたくさん見てきたので、(そのような質問は)性に合わないね」

土曜日に、ソーシャルメディアの宇宙全体でラウンドを行っていた彼の立場について尋ねられたとき、苛立つアービングは、強調した。

「それは問題なの?」

アービング氏は、「カイリー(自分)が世界が平らだと思うことが社会現象だという事実は、僕にとって面白い」と述べた。

「僕はそう思ってるし、それが会話でしかないという事実も面白い。それは実際にニュースであるかもしれない、それは僕にとって面白い」

 

この記事を詳しく読んだとき、私にはアービングの言いたいことがわかりました。

そしてその言いたいこととは、このブログでやりたいこととも一致したのです。

 

常識を疑うということ

私たちは、普通は(この言葉が曲者なのですが)地球は丸いと思っています。

地「球」ですからね。

そこから判断すると、アービングの地球は平らという主張は奇妙な考えに思えるかもしれません。

しかし、それこそが彼の目的かもしれません。

どうして私たちは彼の考えをおかしいと思うのでしょう?

当然私たちは自分の目で実際に地球を外から見たわけではありません。

なのになぜ地球は丸いと信じているのでしょう?

そのとき出た答えが以下のようなものだったら要注意です。

  • 親や先生からそう教えられたから
  • ただなんとなくみんなそう言っているから
  • 歴史で習ったから

親が先生が絶対の真理ではありませんし、歴史も教科書が全て正しいとは限りません。

それに、ただなんとなくでそう思っているだけならアービングの主張にまともな文句はつけられません。

反対に、こう言える人を求めていたのかもしれません。

  • 科学的知見により地球が平らという説より有力であると私は考えるから
  • 私は船が遠くからやってくるときその上部分を先に見たから。
  • 地球が平らならば世界を一周することはできないと私は考えるから

この意見の違いは何でしょう。

 

自分の意見とは

それは、自分の目で見た経験で話したり、自分の考えだということを明記しているかどうかです。

本に書いてあるから正しい、偉い学者が言っているから正しい、などということはありません。歴史は間違いが積み重なってできたものだと私は思っていますし、事実は一つしかなくても解釈は様々だとも思っています。

記事に引用したアービングの言う「彼」とはそうした偉い学者や、常識のことでしょう。

その「彼」は嘘をついているとアービングは言いました。しかし、忘れてはいけません。それは、アービングの意見です。正しいとは限りません。

それと同じように、科学や常識にも疑問を持てということでしょう。

さらに、アービングは冗談や皮肉のつもりで言ったのは地球が平らというその主張ではありません。

おそらく、地球という言葉、惑星という言葉の使い方も常識によって意味がつけられているということを言いたいのだと思います。

これは極めて重要な視点です。

自分の意見というのは、自分というものがある以上、ほかの人と全く同じ意見になることはほとんどあり得ないです。

それなのに、私たちは常識でもって通常、人の意見に賛成したり、反対したりします。

意見は移り変わります。

その他あらゆるものが移り変わると私は考えていますが、そのことが問題ではありません。

大切なのは科学も常識も移り変わるという事実です。

私たちはこの事実を胸に刻み込んでおかなければいけません。

少なくとも、私はそう思うのです。

常識とは人が18歳になるまでに集めた偏見のコレクションである。

                                                             ―アルバート・アインシュタイン 

 

まとめ

おそらく、地球は丸いでしょう。

しかし、大切なのはそれが正しいかどうかよりも、意見を言う環境があるかどうかだと思います。

科学と常識による思想統制などとは言いません。でも、私たちが普段意識しないものはなんとなく自分の意見のようなものとして思っているのはおおよそ正しいと思います。

私はアービングが仮に間違っていても、それで誰かが決定的な不利益を負っているわけではないので悪いとは思いませんし、仮に正しいとしても、元からあったアービングに対する評価は変わりません。

私は、意見を尊重したい。

尊重とは正しいと信じることではありません。

私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る。    ―ヴォルテール

誤解を恐れず言えば、私はテロリストや犯罪者の意見も尊重します。

なぜなら彼らも同じ人間ですから。言葉が通じさえすれば分かり合えると思います。

この分かり合えるという言葉自体が「分かれて」「合う」ですから。同じになる必要はないのです。

地球がひとつになんていうのは夢物語なのかもしれません。

しかし、私はそれぞれが分かり合えることならできると思うのです。

 

今回は、常識を疑うことについてお話しました。

いかがでしたでしょうか。

常識を疑えとは言うが偉人の名言は疑わないのか?

意見が同じことはほとんどないと言いつつ他人の言葉を借りるのか?

このような疑問を持った方もいるとは思いますが(アービングの言葉を借りればそれは僕にとって面白い)

その言葉が正しいかどうかではなく、短くまとまっている言葉ならわかりやすいと思ったからです。

なのでヴォルテールの言葉でおわりにします。

 

真実を愛せ。ただし過ちは許せ。

 

日々の生活によりよいを

ノリ

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