自分のことを「ただの大学生」と言う人の心理

   

こんにちは!ノリ(@halo_transcend)です。

いきなりですが、私はTwitterを更新情報を投稿する場所として利用しています。

それに加えて、ニュースアプリで気になる記事を見つけたらコメントをして共有をしています。

この「NEWSPICKS」はコメントができるニュースアプリで、実名でも匿名でも利用することができます。

私は匿名で利用していますが、学生や社会人に限らず、イニシャルやローマ字表記で実名を用いたり、そのまま実名を使ったりしている方も多いです。

このアプリでは名前の他にも職業とプロフィールコメントを入力する欄があるのですが、ここであることに気が付きました。

それは、

大学生のプロフィールコメントの「ただの大学生」率です!

私がコメントを評価しているのではありません。本当に自分のことを「ただの大学生」と表現したプロフィールコメントの人がいるのです。

その数も1人や2人ではありません。結構いるのです。

別にそれが悪いとは言いませんが、「ただの大学生」と自分を枠にはめてしまっては何もプロフィールにならないと思います。

あなたがもし「ただの大学生」と自分を表現しているなら、この記事を読むことで理解がより深まるかもしれません。

身近にそういう人がいたら「そんな風なのかなぁ」と半信半疑で読んでください(笑)

ということで今回は、「ただの大学生」と自分を表現する人の心理について考えていきます。

 

なぜ「ただの大学生」?

ただの大学生にこめられた意味

どうして「大学生」だけでいいものを、「ただの」と自分のことを卑下するような付け加えをしてしまうのでしょうか。

その前に、その言葉の意味を考えていきます。

「ただの大学生」という表現は、他にも「どこにでもいる大学生」「しがない大学生」「意識低い系大学生」などの形をとって現れます。

それらの言葉が表すのは、「卑下」です。

卑下とは、自分をあえて低い位置にしてへりくだることです。

似たような言葉に「謙遜」がありますが、謙遜はもう少し軽く、関係性を良好に保つために行うものです。

それに対し卑下は、関係性ではなく、自分を保つために行うことです。

確かに謙遜はそれ以前のやりとりがありますが、卑下はそれ単体でも使えます。

よって、プロフィールコメントというやり取りのない中で自分を低く見せる「ただの大学生」には卑下の意味があると考えました。

ですが、これだけだとよくわからないと思うので、もう少し他の表現と比較してみようと思います。

 

まだまだ未熟ですが…という人は?

「ただの大学生」とそれに似た表現をする人は少なくないと言いましたが、その他の人はどのように自分を表しているのでしょうか。

例えば、「まだまだ未熟ですが頑張ります」のようなコメントも大学生に多い気がします。

あくまでも主観ですが、これを偏見と言ってしまえばこの記事がもうおわってしまうため、このまま続けます。

さて、この「まだまだ未熟系」コメントは、謙遜でしょうか、卑下でしょうか。

答えは、ポジティブな卑下です。

「まだまだ未熟系」の人は、自分の現状を低く見ていることに変わりありませんが、これから向上していこうという意欲を感じます。

自分のことを未熟と考えて、成長していくのは大事です。

しかし、「ただの大学生」の後に続く言葉は、「ですが頑張ります」ではないことが多いです。これは、ネガティブな卑下です。

自分のことを半ばあきらめてしまっているような、「どうぞ俺を笑ってくれ」みたいな自嘲じみた感じを受けるのは私だけでしょうか。

そのことも含めて、続きは「ただの大学生」と表現する人の心理をより深くみていきます。

 

「ただの大学生」と表現する人の心理

あきらめ、決めつけ

まずは、自己に対する評価の低さが挙げられます。

特に目立つのが、あきらめと決めつけです。

あきらめは、自分に対して「自分なんか~」「どうせ自分が~」のような考えから自分の成長を諦めてしまっている印象から、そう特徴付けました。

決めつけは、自分のことを「ただの大学生」と断言することにより、自分を枠に強制的にはめてしまうからです。

表現することであきらめ、決めつけになるのか、それらがあるから「ただの大学生」と表現しているのか、順番は知りませんが何かしら関係があると思います。

 

失敗を恐れる

自分のことを「ただの大学生」と表現することで、他人の期待を下げ、失敗を少なくしようとする思いがあるかもしれません。

セルフ・ハンディキャップとして知られるこの手法は、誰もが普段から使うテクニックです。

「昨日徹夜したんだー」「全然勉強してないー」「本気まだ出してないから」などがそれです。

自分の評価を落とすことにより、成功すれば儲けもの、失敗しても最小限のダメージで済みますから、私たちはそれに気づかずともよく利用しています。

しかし、それが行き過ぎると、自己評価が低いだけではなく、それを補うために変な優越感みたいなのを持ってしまうことがあります。

絶対に失敗したくない人は、周りにも進んで「自分は失敗する」と公言しておいて、成功したら有頂天になり、失敗しても「予想が当たった」と満足しています。

考え方自体はわからないでもないですが、こじらせると歪んだ人になってしまうこともあるので心当たりがあれば気を付けた方がいいかもしれません。

 

自慢を嫌っている

インターネット上というのは、基本的に話を盛ったり、自慢したりということが起こりやすい場だと思います。

なぜかというと、確認が取れないからです。確認を取る必要もありませんし。

ですから、嘘をついても何が本当かわかりません。

私はウワサ話とかがあまり好きではないので興味ないですが、そういう話をするグループに入るときっと精神が擦り切れるだろうなとは思います。

自慢やウソがまかり通るインターネット上で、あえて「ただの大学生」と自分を低くする人は、なかなか珍しいとも考えられます。

そこから単純に導き出されることは、「自慢が嫌い」ということです。他人の自慢なんて聞きたくないですし、自分もしないから静かにやりましょうという気持ちがあります。

もちろん、上記の「こじらせ」は別です。そういう人たちは「自慢しないことで自慢する」という高度なテクニックを使っていますからね。

 

まとめ

ここまで、自分のことを「ただの大学生」と表現する人の心理について感じたことをまとめましたが、いかがでしたでしょうか。

私の意見としては、そんなに自分のことを卑下せず、自信を持てばいいのに!と思います。

私も何もないのに、自信はありますからね。

ん?何もないのに?これは卑下なのでしょうか……。

日本語って難しい。

 

日々の生活によりよいを

ノリ

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