まずは自分のために。他人のために生きるのはその後

      2017/05/04

こんにちは!ノリです。

今回はまずは自分のために生きるということについてお話します。

この記事の更新をリアルタイムで見た方ならわかると思いますが、この記事、元は私の毎日更新記録を途絶えさせないために無理やり更新したものです。

それ以前も、学校や用事で時間が上手に使えない時はよくこの手法をとります。

とりあえず少しだけ記事を更新しておいて、次の日にちゃんと書く。

書けるときにたくさん書いておいたいいとは思うのですが、色々試してみて、自分に合う方法でやっていきたいと思います。

でもこれって読む人からしてみればせっかく新しい記事を読もうとしても、がっかりなんてことになってしまいます。

明らかに自分のためです。

ただ、自分が毎日更新していないと落ちつかないから更新しただけなんです。

ですが、一部には「どうしたのかな」って心配してくれる人がいたり、「次の日ちゃんと更新されるのかな」と待ってくれる人もいます。

そこで私は、「自分のためにやったことが、人のためになるんじゃないか?」「むしろ人のためにできることなんてそんなにないんじゃないか?」と思ったので、今回はそのことについて考えていきます。

 

自分のため、他人のためとは?

まずは、誤解が少なくなるように「自分のため」とは何を指すかを明確にしておきましょう。

この記事での「自分のため」とは、「自分にとっての利益、幸せ、心地よさ」です。

他人は自分と違って簡単に変えられませんから、自分のために他人を変えるということは自分のためではありません。

自分のために生きるというのは、ただ他人を蹴落として利己的に生きるのとは大きく違います。その話は後でします。

 

今後は、「他人のため」を定義します。「他人のため」というのは、基本的には「自分にとっての他人のため」なので、あまり深く考えなくていいと思います。なぜなら、「自分のため」と言ったときに、他人のためも含まれていますから。

逆に言うと、「自分を含めた人のため」でもいいです。でも、まず自分と他人のどっちを大切にすればいいかというと、自分だと思います。

改めて誤解のないように言いますが、自分のために他人を不快にさせたり、利益を奪うのとは違います。

それでは、言葉の定義ができたところで、本題に入ります。

 

他人のために生きるということ

他人が第一では自分が幸せになれない

まずは、他人のため他人のためと思って生きることはつらいということをお話します。

自分がそもそも何者なのかという問題はここでは考えないことにしますが、とりあえず、だれか他人がいて、その人と分けて考えることで、自分がいるということにしておきます。

その自分が、他人のため他人のためと思って生きても、あまりいい事はありません。少なくとも自分にとってはそうだと思っています。

私のような未熟者では他人のためと思ってずっと生きていると、とてもつらいです。疲れてしまいます。

私たちは誰かに命令されないと動けないロボットではありません。

他人のことを思うのは大切ですが、自分がないがしろにされていては意味がありません。

たぶんそれは、無我の境地で悟りを開いた人でも同じだと思います。

悟った人はでさえも、他人のために生きているのではないんです。

悟った人はもっと大事な、本質というか、真理みたいなもののために行動していると思うのです。そのついでに人を救っているという感じです。

だからそもそも人を助けることを目的にするのはどうなのかなって思います。

「部下の幸せが自分の幸せ」という人でも、部下が「腹踊りしてくれたら幸せ」なんて言ってきたら怒鳴り散らすでしょう。部下を第一に考えているとはいっても、限度があります。その限度は自分であり、他人ではありません。

一生を懸ける騎士なら主君のために命を投げ捨てることをいとわないかもしれませんが、自分の命やお金の方が大事だと思った人が傭兵(雇われ兵)になります。

 

世のため人のため

よく「人の役に立つ仕事がしたい」と言う人がいますが、それはたぶん「人の役に立つと自分が思って、周りからも思われる仕事がしたい」というのが本音でしょう。

誰の役にも立たないならそれは仕事として成り立っていないことになりますから。

詐欺師や強盗くらいです。それすらも見方を変えればなんとでも解釈できます。たとえば、「詐欺に遭ったおかげで人に少し用心するようになった」とか、「強盗にあって人生の儚さを知り、毎日を大切に生きようと思った」などが考えられます。

もちろん、だから詐欺師は良いということではありません。商売というのは、もともと自分も相手も得がある取引のことです。人を騙して得があると思わせるだけだったり、人から何もせず奪い取るのは犯罪ですよね。

人を助けるってそう簡単なものじゃありません。あくまでも他人は他人。自分とは違う存在です。

お互い自分の利益を追求して、そうすると相手も利益を主張するから、それで折り合いを合わせるというのが商売というものだと私は勝手に思っています。

この場合の自分の利益というのはお金やモノだけではありません。相手の利益も含まれます。

 

よかれと思って

他人のためを思ってやったことが、実は迷惑だったとか、より状況を悪くしたなんて状況うは誰でも経験があることでしょう。

他人にとって本当に必要なものが、自分にわかるわけがありません。ここのところは難しいですね。

たとえば、プレゼントだったり、お節介だったり。どうしても「自分から見た他人」になってしまいます。

 

まとめ

なんかまとまりがないような気がしますが、言いたいことを汲み取っていただけると幸いです。

何か文章がおかしかったり、ここは違うだろって思うところがあればお気軽にコメントしてください!

 

日々の生活によりよいを

ノリ

 

 

 

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